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【芸能界】業界人は、美脚で美尻な美女レースクイーンの身体をなめまわし、ガチイキするまで高速ピストン

kage

2015/09/16 (Wed)

レースクイーンをしている美女な女友達がいるんだが

「皆が紹介して欲しがってるから、
今年の忘年会には是非参加して欲しい」と頼まれました。

私が芸能界関係の仕事をしている為、
コネをつくりたくて呼ばれたんだと思います。
その日はクリスマスイヴ前で、
面倒臭いなと思いながら渋々その忘年会に参加しました。

仕事が忙しかった私は、一次会の終わり頃から参加しました。来ていたメンバーはレースクイーンやモデル、深夜番組でアシスタントをしているような駆け出しのタレント達が中心でした。

勿論、男性陣も(モデルや舞台俳優をやっているような人達がほとんど)いました。
ミニスカポリスに出てる子や、変わった職業では、そこそこ人気のある漫画家もいました。参加メンバーの年齢は、私を含め大体20~25歳位でした。
三次会の途中で帰った彼女から私の携帯に電話が入りました。(二次会で彼女と携番を交換してました)店に忘れ物をしたから、よかったら帰りに家に寄って届けてくれないか、との事でした。

私は、届けてもいいけどタダでは帰らないかもよと付け加え、電話で教えられた彼女の家にタクシーで向かいました。勿論、タクシーの中での私は下心で一杯です。

彼女の家に着いた時は、出会ってから三時間位しか経っておらず、自分がこのレースクイーンの部屋にいるのが可笑しく思えたのを覚えています。

何より、嫌々付き合いで参加した忘年会でこんな展開になるとは予想してなかったわけで…。彼女の部屋にはパソコンが有り、壁には自分の写真が沢山飾ってありました。

カメラ小僧から送られてきた手紙や写真などをみせてもらい、色々な話を聴かせてもらいました。カメラ小僧が、レースクイーンと結構仲良くなれるという話は、私にとって意外な事実でした。恋愛に発展したり友達になる事は無いと言っていましたが、「気持ち悪い」とか、毛嫌いするような事も無いとも言ってました。

そんなこんなで寝る事になり、別々にシャワーを浴びました。確か、私が最初に入らせてもらったと記憶しています。ベットに先に入り待っていると、パジャマに着替えた彼女が戻ってきました。

メイクを落とした彼女は途端に幼く見え、いつもは無理して大人っぽくしてるんだな、と、少しキュンと胸が痛みました。レースクイーンという仕事も大変なんだなぁ、と。

狭いベッドに並んで寝る事になったのですが、Hな雰囲気等は無く、彼女は私に、自分が付き合ってる彼の話をしてくれました。彼女の付き合っている人は、広告代理店に勤める30代後半で、妻子持ちだということでした。要するに不倫ですね。

もともと仕事で知り合い、他の仕事をまわして貰ったり、色々世話をしてくれた人だと。勿論、彼に下心が有る事には気付いており、そういう雰囲気にはならないように気をつけてはいたが、ある日どうしても避けきれなくなり、男女の関係になってしまったと教えてくれました。

そして、それ以来、彼・彼女として付き合っていると。
私の彼女の話も聞きたがっていたので、少しだけ話してきかせました。

小一時間そんな話をして、私達は寝る事にしました。全然Hな雰囲気では無くなってしまい、私は「今日はH無しだな」と諦めかけていたように記憶しています。

しかし、どちらからともなく“オヤスミのKiss”をした瞬間に、そんな空気は一変しました。軽く“チュッ”とフレンチキスをしたり、激しく舌を絡め合い、ディープキスをしたりと10分以上キスをしていたでしょうか。

私は、そのキスを切っ掛けに、なんとかHにもっていこうと考えたのですが、彼女には「お互いに付き合ってる人がいるんだからHはダメ」と言われてしまいました。

ただ、私のキスをよっぽど気に入ってくれたらしく、「○○さんとキスするの気持ちイイ もっとキスしよぉ」と言われました。そのキスの流れで、私が彼女の耳朶を軽く噛むと、彼女はビクンと身体を仰け反らせ、少しだけ喘ぎ声を漏らしました。

私は、そんな彼女の姿に興奮してしまい、彼女の耳や首筋、髪の毛や瞼など、いたるところにキスしました。正確には、もうキスではなく、愛撫になっていました。

彼女は途中何度か「感じちゃうからダメだよぉ」「Hしたくなっちゃうからダメだよぉ」と喘ぎ声交じりに言っていたのですが、言葉とは裏腹に、ブラを外し乳房に愛撫する私の頭部を、しっかりと抱きしめていたのが強く印象に残っています。

彼女の下着を脱がせ、下腹部に指を挿入すると、彼女はより一層大きく仰け反り、激しい喘ぎ声をあげはじめました。ものすごく濡れていたのをはっきりと覚えています。

「やっ,ぱりっ,Hはダっ,メだよぉ ぅ浮気になっちゃうよぉぉ」と喘ぎ声交じりの彼女に、私は愛撫を続けながら「でもスゴク感じてるんでしょ? 気持ちいいんでしょ?」と聞きました。

「す,すごッ,くぅっ,キモチイィ! キモチぃイイっ,けどぉ…」と彼女。そんなやりとりが何度か続き、彼女が幾度か絶頂を迎える間に私も下着を脱ぎ、下半身丸出しの状態になりました。

(「イクゥ」とか叫ばれたわけでは無いので、正確には彼女がオルガズムに達したのか分かりませんが、大きく仰け反って、無言で口をパクパクさせる状態に何度かなっていました。)

そのときの着衣の状態は、彼女→パジャマの上着(ボタン全開)のみ 乳房・下半身丸出し、私 →Tシャツのみ やはり下半身丸出し。)当時の私は自他共に認めるかなりの遊び人で、毎日のように青山のミュ○ズやア○ロといったクラブに入り浸り、仕事→クラブor合コン→お持ち帰り&SEX→少しだけ寝てから仕事というような生活をしていました。

今考えると、自分でも何故あれほど少ない睡眠時間で生活出来ていたのか分かりません。そんなヤリチンの私でしたが、その時の私は今迄に経験したこともない位、激しく勃起していたのが強く印象に残っています。

腹まで反り返りそうな自分のペニスを見下げ、大袈裟では無く、自分でも「デケぇ!」と驚く程でした。
その後も、今日迄あれほど激しい勃起をしたことはありません。

何度かの絶頂で、激しく反り返ったりして動いていた彼女は、ベッドの上で半ばうつ伏せの様な体勢になっていました。身長160cm位(だったと思う)で、レースクイーンとしては小柄な彼女は、後ろ向きになると余計に幼く見えました。

私は長身なので、ベッドに突っ伏す彼女がかなり小さく見えました。乳房は小さく身体は華奢で、けしてイヤラシイ身体つきでは無かった彼女ですが、その脚はスラッと細く美しく伸び美脚
何よりヒップはツンと上を向き、キュッと締まっている美尻

思わず見とれてしまう程でした。

私は、その美しいヒップを包み込むように、彼女の腰近くを両手で支え、激しく勃起した自分のペニスを彼女の下半身にあてがいました。

「入れていい?」と聴くと、「イっ,入れっ,ちゃ,ダメぇ,だよぅっ」と彼女。
「でも、スゴク感じてるじゃん したく無いの? 入れて欲しく無いの?」と私。
「シっ,シタいぃっ スゴっ,ク」

彼女が言い終わるか言い終わらないかのうちに、私はペニスを彼女の下腹部に根元まで挿入しました。その瞬間、彼女は今迄で一番大きく仰け反り返り、小さく口をパクパクとさせました。

彼女の中はとても熱く、愛液で激しく溢れながらも、ねっとりと私のペニスを包み込みました。“蚯蚓千匹”や“数の子天井”とかでは無かったのですが、彼女の中は、それより過去に関係を持ったどの女性のモノよりも気持ちよく、私のペニスを熱く包み込み、時にはやさしく締め付けました。

正直、当時付き合っていた本命の彼女よりも気持ちよかったです。
私がペニスを出し入れすると、激しく愛液が溢れ飛び、私の陰毛・陰嚢、彼女のヒップ・内股に至るまで、みるみるうちにベチャベチャに濡れていきました。あの、熱くヌルヌルした感覚は7~8年経った今でも、はっきりと思い出す事が出来ます。

「あンぁっっ,ダメっ,だよっ,うぅっ…」
激しく感じ、喘ぎながらも、彼女は彼に対する罪悪感を口にしました。私は身体が大きいせいか、人よりもペニスが大きく、しかもその時は過去最高に勃起していましたから、根元まで深々と挿入しながらも、実は彼女は痛がっているのではないかと心配になり、何度か「痛いの?キモチイイの?」と話しかけました。

「ダメなの? やめる? 気持ちよく無いの?」とも聞きました。その頃には私も少し息が上がり、吐息まじりだったと思います。必死に喘ぎ、時折無言で口をパクつかせる彼女に、私は何度か同じ質問を繰り返しました。

「スゴっ,くぅっ,キモチイイぃっ やめっ,て欲しくなっ,」彼女は喘ぎ声交りで切れ切れの小さな声で答えました。彼女の腰がガクガクと痙攣しガチイキ

私のペニスは彼女の中で一段と熱く包まれました。私はイキそうになり、動きを止めましたが、今度は彼女の動きが止まりません。

ヌルンヌルン?グニュングニュン?何と表現したら分からない程の気持ちよさで、私は一気に絶頂へと導かれました。慌てて私はペニスを彼女から引き抜き、咄嗟にベッドの脇に脱ぎ捨ててあった自分のトランクスでペニスを包み、その中に射精しました。とてつも無く長く、大きな射精感でした。

鬼畜な父親と愛人に苦しめられた小学生時代の最低最悪なクリスマス

kage

2015/09/16 (Wed)

忘れもしない小学5年生の時だ

あれは、子供にとって誕生日よりもワクワクする
クリスマスイブの夕方

衝撃的な光景を見てしまった。

家には親父と姉と私の3人が居て、
母は仕事に出ていた。

親父は世間からは驚かれるような超エリート

相当な収入を得ていたはずなのだけれど、
妻子には最低限の暮らを営むのにも足りないくらいの生活費しか渡さなかった。

親父自身は、金のかかる趣味や複数の愛人達、
仲間達との豪遊にお金をばらまいていた。

親父が部下達とその家族を家に集めて
ホームパーティーを開く時には、
私たち3人は宴の場には入れてもらえず下働きだった
自分と同じくらいの歳の女の子が、お姫様みたいに扱われていて眩しかった。
自分達とは別世界の人達だった。家のほとんどの部屋は親父が占領して、私達母子は狭い一部屋に3人、荷物の山に押し潰されるような窮屈な空間で寝起きしていた。 姉や私は、学校では貧乏な家の子だと思われていた。姉は「ビンボーニン」などと言われて虐められていたらしい。 母は、親父の命令で、近所の運送会社の掃除婦か雑用みたいなパートをさせられていた。 人に顎で使われ、汚い下働きをして這いつくばる思いを母にさせるのが、親父には快感だったらしい。親父は、支配下の人間や頼って来る者の心を踏みにじるのに快感を感じるタイプの人で、私達家族は日々DVに苦しめられた。 一瞬一瞬「この瞬間、早く過ぎ去って欲しい!」と思って暮らしていた。階段の上から下まで突き落とされた事は、憶えているだけでも5回。 海や山などでも殺されかけた。 幼児の頃から何度も山に連れて行かれた。 はぐれたら野犬に喰われるという恐怖で必死について行く。 高い山の上で、何でこんな所に幼児がいるんだと、大学の山岳部の人達に驚かれたこともあった。 休憩している父になんとか追いつくと、父は汚い物を見るような目で私を見て舌打ちした。 「さぁ、行くぞ!」 私に休憩の時間は無かった。重い喘息に苦しめられていた私には限界だったが、気力でついて行った。 いかにも脚を踏み外しそうな場所で突き落とされたことがあった。 真冬の波の強い磯辺で海に叩き込まれたり、 海水浴シーズンには無理矢理沖まで泳がされて潮に流されたり。 親父は、もちろん助けてはくれない。離れた所で笑っていた。 うまく事故死という事になれば良かったのだろう。実は、一つ上の姉の他に兄が1人いたが、私が幼児の頃に事故で死んでしまった。 兄の事故は親父がやったのではないかと思う。 母によると、他に4人、無理矢理に堕胎させられたそうだ。親父は、母に対して、いつも生で中出しだったそうだ。 親父がやりたくなると「来い!」と言って母の髪や腕をつかみ寝室に無理矢理連れて行く。 前戯無しで、いきなり叩き込み、ガンガンとピストン運動して出す。 それで終わり。 私が大学生の頃、母と晩酌している時に、そんな話を聞いた。 母は処女で親父と結婚したらしいし、その後は親父のせいで男性恐怖症が深刻な感じ。 女の喜びというものには縁が無い人生になってしまったんだろうなあ。私がお腹にいる時、母は親父に「堕ろせ!堕ろせ!」と、日々なじられ、殴る蹴るの暴行を受け、破水しながら、這うようにして病院に行き、私を生んだそうだ。 父にとって私は要らない子だったのだろう。 「今度の、この子だけは、絶対に生む!」 そう思って耐えんだよと、後に母は微笑みつつ語った。 子供を持てて嬉しい!そんな気持ちをひしひしと感じた。 でも私は、自分の子供の頃を思えば、出来ることなら産まれてきたくはなかった・・・ 母には、とてもそんな事は言えないけれど。姉や私に何か落ち度があると、親父はそれをネタにして徹底的にいびった。 私が3歳の時、首を絞められて風呂場に連れて行かれ、素っ裸にされた。 そして、足首をつかまれて逆さ吊りに。 親父は私の胸や腹にスーッとカミソリを入れて切り刻み始めた。 そして、皮膚を小さく削り取られた。 痛さはあったはずなのだけれど、恐怖が支配すると、感覚や思考がストップしてしまうようだ。 そういう感覚を幼児の私は知った。 もちろん泣き声すら上げられない。心が停止してしまっていて。 やがて、血が幾筋か垂れて、首、顎、頬に伝わって来た。 目の中に血が入り、景色が赤くなった。ある時は、虫ピンを一本一本、皮下に打ち込まれた。 乳首を引っ張られ、キリで左右に貫かれた時は、情景が怖過ぎて泣きたくなったが、震えて耐えた。日々、一瞬一瞬が、生命の存亡をかけた真剣勝負。 親父の顔色をうかがい、こういう事をしちゃったら、こういう目に遭うと、常に気を配りつつ生きていたので、小さい頃からの記憶が鮮烈だ。親父には、海外に数人、国内にも複数の愛人がいたらしい。 その中の1人が近隣の市に住んでいて、一番のお気に入りのようだ。 親父は帰国すると、その愛人の家に車で繁く通った。小2の時、親父に連れられて、初めてその愛人の家に行った。 途中、親父は車を走らせながら「これから××おばさんの家に行く。懐いた振りをしろ!」と、ナイフを突きつけて脅した。 これに従ってしまうのは、母を裏切る行為なのだと子供心にも解り、ものすごくつらかった。 自分が刺されて死ぬ方が、まだましだ。 プライドにかけて、死んでも愛人にはなびかない・・・ 気の利いた台詞は絶対に言わずに、無口で無反応な馬鹿な子の振りをしようと決めた。その愛人は「ああ、まいりました。超美人さんですね!」と言いたくなるような美人。 なんとなく、お水系の雰囲気。 男の扱いが上手いことと、子供を産めない身体の女ということで、親父にとっては重宝したらしい。 本当に子供は欲しくなかったみたいだ。愛人の家は、海辺から少し内陸に入り小高い丘陵を上った緑の多い住宅地にあった。 広い敷地だった。たぶん300坪くらい。裏庭から背後は深い森。親父の口から愛人に対して、ユーモアを交えた軽口や甘い言葉が連発した。 高めの声。猫撫声で、呆れるくらい滑らかに語りかける。 まるでイタリア男。 親父にそういう一面があるとは知らなかった。 私達家族に対しては、いつも硬く低い声。冷たく威圧するような怖い話し方だった。 ユーモアの欠片も無い。 あの声を聞くと、心が萎縮して立ちすくんでしまう。親父が何か買いに行くとかで、愛人と私の二人だけになった。 庭を案内してもらい、ぎこちない会話を交わした。 どうも薄っぺらくて情の薄そうな女だなぁというのが私の印象だった。家に入ると紅茶を出されたが、味を感じることも出来ずに飲んだ。 父の愛人と二人っきりでは居心地が悪過ぎた。「子供の絵を描きたくなった。あなたを描いてあげるわ」 「いいよね?」 そう言って、父の愛人は私の服を脱がした。 すごく嫌な感じがしたが、逆らうと後で親父にひどい仕置きをされるのは判っているので、女のされるがままになった。 愛人は油絵を描き始めた。 ベッドの上のクッションに身体をゆだねる格好で一時間ほど辛抱した。 確かに絵は上手い。かなり本格的な腕前だなとは思った。 女が筆を置いて近寄ってきた。 「お父さんのオチンチンも、子供の頃はこんなだったのかな。かわいいね~w」 そう言って、愛人が私のチンコをいじり始めた。 チンコの皮を無理矢理むかれたり、袋を揉まれたり。 女が残酷な笑顔を浮かべた。不気味だ。 魔物の様に思えた。

素人の売春婦な人妻に、勝手に中出ししても多めに金渡せば許してくれる

kage

2015/09/16 (Wed)

風俗にハマった時もあり、
ソープランドうあデリヘルでパコリまくって
性体験は豊富です

彼女と別れてからは性処理は殆ど。

友達からの紹介で セックスも楽しめると聞いて
早速とある出会い系サイトに登録して内容を見ると、
若いのから50代まで8割が援交の売春婦だらけ?

半信半疑で書き込みしてみた。

 なんと10人位から返信があった。取り敢えず、人妻30才と女子大生21才とをやりとり。ふたりとも本気モードで、アド交換して話した。 会う日も同日にして、待ち合わせ約束。火曜日の休日に会った。半信半疑のまま、まず人妻とあるショッピングセンターで待ち合わせ。
 車を駐車場に入れ、三階と四階の間の階段フロアで腰かけて待ってると(この場所は殆ど人のいない家具売場あたり)「よしさんですか? 幸恵ですが!」と持ってるポーチの色で俺はわかった。

「私でいいかしら?」と下向け顔で隣に座った。「ああ! じゃあ ここ出ますか」と車で、移動。郡山インター近くのラブホに直行した。彼女と来た事のあるアイネに入った。 好みのスレンダーな人でチンポは、やる気満々 幸恵を誘いシャワー室で浴びながら、後ろから乳房を揉み揉み唇を奪った。

 ベッドで向かい合わせで乳房を揉んだり、口を重ねたりで前戯をたっぷり。幸恵も蕩けたような顔して「中に出さないで」と生入れを許してる感じ。我慢できない位ビンビンに立つチンポを幸恵の股間に入れ腰を振った。 幸恵もマンコは本気汁で濡れ濡れですんなりと膣奥に納まった。

 強弱をつけ抜き刺しすると、幸恵の口から押し殺した喘ぎ声、俺もまだキツキツ・マンコを突きまくった。その内、込み上げる絶頂に耐えきれず、ドビュドビュ!中に半だし 外に。「出したの?多分大丈夫だと思うけど」「ほんの少しでちゃったかな。ごめん」と言うとティッシュでマンコを拭いていた。「お風呂にはいりましょう」と誘う幸恵だった。


まだ1時間ちょいしか過ぎてないんで再度せがむと「いいわよ。やっぱり㊥だしはまずいわ。やめてね」寝転んで全身に手を這わせて乳首を舐めたりして、今度は四つん這いにして後背位から挿入してみた。前に出した精子と幸恵の愛液で泡立ってるのが分かった。
そろそろ限界になりそうなんで仰向けにして、正常位で突きまくった。俺は今度も㊥だしのつもりなんで、高速ピストンして、膣奥に精子を突きながら流し込んであげた。 前に大量発射したんで、二度目は少なかったから、幸恵も知ったか?知らぬか? 文句はなかった。

 約束の1.5を渡したらニコニコしていた。二度と会う事もないと思うけど、待ち合わた場所まで送って別れた。